新4年生へ (v2.12)

<何を研究しているか>
 我々の研究室では、高温超伝導体に関する研究を中心に、他の興味ある超伝導体や磁性体の研究を行っています。常に他とは違う、他ではできないことに取り組み、オリジナリティーに溢れた研究を心がけています。具体的には、マイクロファブリケーションにより作製した微小ホール素子や、高い位置及び磁場分解能を有する磁気光学イメージングを武器に、超伝導体においては量子化磁束の集団が形作る新しい物質系“ボルテックス・マター”の相図の解明と制御を、また、磁性体においては多くの自由度が絡み合うことにより実現する巨大応答と磁気ドメインとの関係を研究しています。
 超伝導現象は1911年に発見された大変歴史の深い物理現象ですが、今なお多くの研究者を魅了する新しい発見が毎年毎年続いています。1986年にチューリッヒのIBM研究所の研究員により発見された銅酸化物高温超伝導体は、その後物理工学科の当時の田中昭二教授のグループにより、その超伝導性が確認され世界的なブームになり、その余波は今でも続いています。最近では2001年初頭に青山学院大学の秋光純元教授のグループにより確認されたMgBの超伝導は、転移温度(~39 K)こそ銅酸化物高温超伝導体には及ばないものの、そのインパクトは大変大きく、実用化はこの物質の方が早いのではないかとさえ言われています。また、2008年始めには東工大の細野教授のグループにより、第2の高温超伝導体とも言える鉄系超伝導体が発見されました。

 このような中、新たなる超伝導体・超伝導現象に対する新たなる飛躍が期待され、求められています。

<2022年度の卒論文のテーマ>
 1986年の銅酸化物高温超伝導体の発見以降、2001年にはMgB22008年には鉄系超伝導体が日本人研究者により発見され、我が国における超伝導研究は世界的に高い評価を受けています。また、近年、高圧下ではあるものの室温に近い温度で超伝導を示す物質が確認され、超伝導研究は更なる発展が大いに期待されています。この間、液体窒素温度を超える高温で超伝導を示す銅酸化物高温超伝導体の研究には莫大な投資がなされ、注文すれば直に高性能の高温超伝導線材が入手できるようになってきています。また、磁気浮上列車、国際熱核融合実験炉等の超伝導なしには実現し得ない大型プロジェクトの現実が目前に迫っています。このような現状を背景に、本年度の卒業研究のテーマ候補として超伝導の基礎・応用に関する以下の4つのテーマを設定します

人工欠陥導入による鉄系超伝導体の臨界電流密度増強機構の解明

 超伝導体に通電した時にゼロ抵抗を維持できる最大の電流密度を“臨界電流密度”と呼びます。臨界温度と異なり、臨界電流密度は超伝導体において我々が人工的に制御できる数少ないパラメターの一つです。本研究では、鉄系超伝導体を対象に人工的に欠陥を導入し、エネルギー散逸の原因となる磁束量子の運動を抑制し、臨界電流密度の増強を目指すと共にその機構解明を目指します。欠陥生成には、化学的手法として元素置換を、物理的手法として大型加速器を用いた高エネルギー粒子の照射を用います。様々な形状の欠陥を異なる密度で生成し、それらに磁束量子をピン止めさせることにより、臨界電流密度の増強を図ると共に、その機構解明に迫ります。

鉄系超伝導体線材における臨界電流特性の改善とマグネットの試作

 鉄系超伝導体は大きな臨界電流密度を持ち、実用的な超伝導線材開発が活発に行われています。我々のグループでも高圧処理を用いた高密度化により、実用レベルの臨界電流密度に迫る世界最高性能の性能の丸型線材の開発に成功しています。次の目標は、この線材を用いて従来型超伝導の線材では発生できない強磁場を発生することです。我々の研究室では、鉄系超伝導体丸型線材を用いた世界初の小型マグネットを試作し、0.3 Tを超える磁場発生に成功しています。今年度は、この経験を基に1 Tを超える高磁場の発生を目指します。また、電源なしでも磁場を保持できる永久電流モード動作のための超伝導線の接続技術の開発も行います。

従来型超伝導体における重イオン照射効果

 高エネルギー粒子を照射することにより生成される点状や柱状欠陥は、超伝導体における電気抵抗の原因となる磁束量子の運動を抑制し、臨界電流密度を大幅に増大させることができます。しかし、これらの照射欠陥の効果は、銅酸化物高温超伝導体等の非従来型超伝導体では研究されているものの、それ以外の従来型超伝導体では、未解明のままです。点状・柱状欠陥が臨界電流密度をいかに増強するのか、またその時の最適な欠陥密度や欠陥配置はどのようなものか、さらに、その効果は非従来型超伝導体と同じであるのかを詳細に検討します。そのために、代表的な層状の従来型超伝導体である遷移金属ダイカルコゲナイドの結晶成長を行い、照射欠陥を導入したのち、詳細な角度依存の磁気測定から、臨界電流密度増大の機構を明らかにします。加えて、超伝導転移温度に対する欠陥導入の効果を系統的に調べます。

・トポロジカル超伝導体における局所磁場測定

 特異なバンド構造を持つ物質で実現するトポロジカル超伝導状態では、マヨラナ粒子と呼ばれる特殊な粒子が存在し、これを制御することにより量子情報処理が可能になると考えられています。本研究では、トポロジカル超伝導体でしばしば見られる、結晶の対称性より低い対称性を持つ超伝導状態(ネマティック超伝導状態)の起因を探ります。具体的には、超伝導状態において存在が期待されるネマティックドメイン構造の有無およびその詳細を、微小ホール素子や磁気光学イメージング等の局所磁場測定から解明することを目指します。

 

<研究のモットー>
超伝導体の磁場の下での振る舞いは、磁束量子と呼ばれる量子化した磁場の運動が決定しています。サブミクロンの直径を持つひも状の磁束量子は、これまでに様々な手法により可視化されてきています。そのうちの一つに磁気光学法を用いた手法があります。これは、磁束量子の配置だけでなくその運動も実時間で追うことのできる手法です。また、光を用いることにより、磁束量子の位置・運動も制御することが可能であることが明らかにされつつあります。本研究では、このような光による磁束量子の可視化および制御に挑戦します。

 

<求める人材>
 何か他の人が未だやったこともない新しいことを研究してみたい、超伝導がどうしようもなく好きだ、新しい実験原理・実験装置を開発したい、等の意欲に溢れた人を歓迎します。
 なかなか研究をはじめる前に実感するのは大変なのですが、超伝導を含む物性研究において、新物質の果たしてきた役割は計り知れません。しかし、物質開発というのは予想どおりに進ものではなく、予想を超えたところに、大発見が待っている場合が多いものです。超伝導に限っても、低次元電気伝導体において新しい種類の超伝導が可能ではないかとの考えから、有機1次元導体が発見され、後にこの流れから有機超伝導体が発見されました。高温超伝導体の発見もまた、ある程度の予測は有ったようですが、実際に発見された高温超伝導体は、その結晶構造・超伝導発現機構が当初の予想と全く異なるものでした。また、MgBにおける超伝導現象もTaBの化合物に対するMgの置換効果というところから発生したものでした。(この発見は青山学院大学秋光研究室の卒業研究の一環で、Natureに掲載された論文も卒業研究生が筆頭著者です。)さらに、Fe系超伝導体も全く無関係な透明電極の開発の過程で生まれた物でした。一方、物理工学科を振り返ってみると、高温超伝導発見当時、物理工学科の旧田中昭二(後に超電導工学研究所所長)研究室の果たした寄与は、1研究室のものとしては歴史に残るものでした。このような伝統のある場所において物質科学を見据えた超伝導の研究に、若い力で挑戦してもらいたいと期待しています。